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2007.07.12

Martine Liotard, "Le Havre 1930-2006", Picard, 2007----フランス20世紀の都市計画の古典性

マルティーヌ・リオタール『ル・アーブル1930-2006』2007(Martine Liotard, Le Havre 1930-2006, Picard, 2007)です。フランスのル・アーヴル市は、近代建築のパイオニア建築家のオーギュスト・ペレが復興計画を手がけたことで有名です。2005年7月15日、そのペレがかかわった中心地区133ヘクタールがユネスコ世界遺産に登録されました。

 ウェブなどでは、現代都市の景観が評価されたことは希である、という指摘が多い。

070712le_havre  著者は建築家、都市計画家、整備地理学博士であり、ル・アーブル復興計画でドクター論文を書いています。フランスらしく記述は包括的であり、フランソワ1世時代がイタリア人建築家ジェローム・ベラルマトを呼んで整備させた時代からはじまり、戦前の社会と都市計画、ペレによる計画、そののちの高度経済成長時代の発展、大ル・アーヴルという名の都市共同体形成の最近、また中心地のみならず郊外の住宅地形成まで、網羅しています。

 興味深いのは歴史的連続性です。たとえば市長レオン・メエールが作成させた1933年の全体計画のある部分はペレのものを予期しているとか、あるいは復興計画として地元建築家アンリ・コルボク案やアンリ・デグ案があったことの紹介です。プランを比較検討すれば、これら地元建築家の案をさらに大胆にしたのがペレ案という読みもできないことはありません。厳密にいうとペレ案ではなく、彼はみずからはデザインせず、数名の部下にそれぞれプランを作成させ、競争させています。つまり当然のことながらマスタープランは共同制作であって、さまざまな叩き台の部分が混入していても不思議ではありません。

 著者がとくに強調してるのは、国と自治体の対立というある意味で普遍的な構図です。ペレは復興省から直接派遣された建築家です。地元は地元で再建プランを具体的に練っていました。だから地元議会は、ペレに直接、拒否のメッセージを送ったりしています。だから1章をもうけて、歴代の復興省大臣や市長のリストをあげて、くわしく背景を説明しています。さらには地元建築家と復興省アトリエがどんな関係であったかも書いています。

 ぼくはこうした構図がすくなくとも17世紀以来のものであることを指摘したい。先日レンヌ市の高等法院について書いたが、この17世紀の建物も、地元建築家の案を、宮廷から派遣されたド・ブロスが修正して建てたものです。あるいは18世紀の大火のあとのレンヌ市復興の事業においても、中央から派遣された建築家が、市や地域圏を対立と協調をくりかえしながら整備事業を展開していました。比較をすれば、20世紀のル・アーヴルは中央集権的で、18世紀のレンヌ市はまだ自治体のわがままがとおってるような気がします。しかしそれも程度の問題で、ほとんど同じ構図といえます。制度や技術はとうぜん異なっているにもかかわらず、政治文化は変わっていないということでしょうか。すくなくともぼくは、17世紀から20世紀までは一貫した視点で見るべきだと思います。

 また歴史家的偏見と思われるかもしれませんが、通説では、都市全体がRC構造の合理的スパン6.24メートルで設計されているそうです。この長さは19.26尺ほどであり、中世の建築空間における代表的な基本スケールに近いのです。結局、生活空間を指標として考えると、それほど変えられるものでもありません。

 いずれにせよ世界遺産になったものは戦後の景観なのでしょうか?戦後都市計画そのものではないでしょうか。

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