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2007.06.29

『レンヌの歴史』クザヴィエ・フェリユ、2001

Img_4738 Xavier Ferrieu, Histoire de Rennes, Editions Jean-Paul Gisserot, 2001(127p)

学生向けの新書版といったところだが、120数頁しかなくすぐ読み終わるところが外国人にはうれしい。著者はレンヌで1952年生まれ、イル=エ=ヴィレーヌ考古学歴史協会の会長を勤めたのち、レンヌ市図書館勤務である。ということはポルツァンパルク設計の文化施設勤務なのだろうか。

コンダーテと呼ばれていた古代から、市政体が確立した中世初期、15世紀末から16世紀のフランス王国への統合、18世紀の大火復興、などバランスよくミニマムな必要は満たしつつ淡々と読ませる。

歴代の公爵、市長、州長官の系譜を略記しながら、つまり上からの歴史のようなスタイルを踏襲しながら、それでもいわゆる政治史はなっていない。しいていえばプロジェクト史とでもいおうか。著者はとくに建築や都市計画の専門家ではないが、基本的に、都市がプロジェクトの集積として成立していることを、おそらく自覚的ではなく当たり前に、前提としているのであろう。

 すなわちヴィレーヌ川は、運河として整備され、今日では一部は暗渠となっている。しかしすくなくとも17世紀以降、自然のヴィレーヌ川が河川運行には不十分であってそれを運河としてインフラ化すること、またこの川を挟んで都市の北半分と南半分では経済的に格差が大きく、階層による棲み分けが問題とされていたこと、などの懸案があったこと、そして18世紀にロブランやガブリエルがその方向で整備を提案し、第二帝政でそれらの懸案を解決したこと、などが淡々と描かれる。都市はプロジェクトがつぎつぎと追記され積層されてゆく場なのである。

 戦後についても1957設立のブルターニュ整備設備混合経済公社の代表される近代化の時期、都心部の35ヘクタールにわたる保全地区の指定、1970年の市町村連合の成立による広域都市計画の策定、1977年以降の歴史的地区の保存方針、1999年にはレンヌ=メトロポリスへの概念拡大と、都市計画そのものの歴史が簡素に描かれる。

 日本の都市計画家の言説を読んでいつも不満に感じるには、現時点での最終の制度なり法規しか重要でないと考えているふしがあり、すくなくとも、そのように語っていることである。都市は、さまざまな時代の、目的のことなる計画の集積である。それぞれの時代の都市計画の意図が明確に認識され、歴史のなかに位置づけられるべきであろう。建築はそのなかで豊かに位置づけされなおされるであろう。

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