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2007.06.29

近代建築におけるスイミングプールの位置づけ

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まず写真はレンヌ市にある公営スイミングプールのひとつである。ちなみに英語でスイミングプール、フランス語ではピシーン(piscine)。マニュエル・レという名の地元建築家が1925年に建設したものである。浴場、サウナもあり、いまでも営業している。アールデコの時代を反映して、多彩色タイルにより、水の精、流れ出る水を直截にあらわしている。内部は白いタイルである。構造はもちろんRCであり、時代の最先端の構法によりできている。

 1920年代に確立されたと思われる近代的な水泳プールの概念と制度の背景として、いくつか遠因が考えられる。まず普仏戦争における敗北、1870年代における世俗の初等教育の確立、さらには19世紀後半に鉄道が開設されてブルターニュ、ノルマンディ、ギエンヌ、地中海沿岸などで臨海型リゾートが広まったことなどであろう。より直接的には、近代オリンピックの種目として水泳が採用されたことも忘れてはならない。また第一次世界大戦の戦死者は、兵器によるもののほか、病死が多かったことから、衛生思想の徹底が求められたこともある。

 私見ではこの衛生思想の発展が大きかったと思われるが、これだけを単独でとりだすことはできず、20世紀全体のライフスタイルの変更という流れのなかで見なければならない。たとえばソーシャル・ハウジングでも、各戸にシャワーなり浴室があるのがミニマム、という考え方ができたのがこの頃であった。だからプールもそこで泳ぐだけでなく、まずシャワーを浴びること、入浴すること、サウナにより北欧風の衛生観を知ること、など衛生思想の教育機関でもあって、この点で同時代の住宅概念と根底のレベルで共通している。全体として、それまで健康だの衛生だのには無頓着であったフランス国民に、それらの重要性を認識させ、生活のなかで実践させる大がかりな啓蒙プロジェクトであった。

 アンリ・ソヴァージュのパリ6区の集合住宅にもプールがあったではないか。いっぽうアドルフ・ロースによるジョゼフィーヌ・べーカー邸はこの衛生思想という建前をエロティシズムによって軽妙に裏切ろうとするプロジェクトであった。ちなみにパリ13区には彼女の名前が冠された公営プールが実在する!・・・だからレム・コールハースが『デリリアス・ニューヨーク』のなかで水泳に耽るメトロポリス住民を描き、自身も時差解消のために泳ぐのは、堂々たるモダニティの継承である。

 そういえば私自身も戦後における水泳熱の最後の洗礼をうけており、大学時代は武蔵大学のプールを借り、留学時代はポール・シュメトフ設計のパリ・レアール地下街の公営プールで泳いでいたし、最近ではふたたび健康と時差解消のためプールがよいをはじめた。

 前述のレンヌ市公営プールは、20076月の調査旅行のさいに利用した。プールの長さが33メートルほどなのが興味深く、当初は25あるいは50メートルという規格、あるいは競泳用プールという概念はオールマイティではなかったのであろうし、確認していないが100尺ということなのかもしれない。ここは計5回ほど利用した。パリ市内では、前述のレアール地下プール。あるいはイタリア広場の南あたりにある、やはり20世紀初頭のRCアーチ+レンガ化粧の遺産もののプール。15区ブロメ通りにある50メートルプール。公営プールはきわめてきめ細かく配置されている。しかし公共サービスの充実、などと喜んでもいられない。20年前留学生であったころ、貸部屋にはシャワーがなかったのでフィットネスとプールに通わざるをえなかったように、パリ市内には衛生設備が欠如した住宅はかなりの割合にのぼる。そうした住民がプールを利用することは、今では相対的に少なくなったはずだが、かつては多かったはずである。最近は、衛生というよりレジャーという由緒正しき使用法に重点が移っている。「アクア・ブールバール」はプールを中心にすえた都心型総合レジャーセンターである。個人的に気に入っているのは、旧市場を改装した地下プールである。スノッブな町中なので、(すくなくとも朝は)おとなしい中高年しかこない。ただし中年の水着姿を見せてもしかたないので、場所は教えられない。最後に、パリ市内の公営プールは朝7時からの営業であり、仕事前にも楽に泳げる。こうしたきめ細やかな公共サービスはこちらならではである(パリにて書いている)。

 

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