2018.02.25

アデル・ラインハルツ『ハリウッド映画と聖書』

訳者の栗原詩子さんから賜りました。ありがとうございます。原著は『聖書と映画』、2013年刊であり、表題どおりの内容である。訳文は平明で達者である。

世代的には『十戒』『ベン・ハー』『エデンの東』などが懐かしい(映画ではないが、ピーター・ポール・アンド・マリーというユニットはペテロ、パウロ、マリアのことである)。とくに前者の背景としてシオニズム運動などが示唆されている。わかりやすい。ただし政治的、社会的、そしてまさに宗教的な背景は簡単に示唆されるほどであり、かならずしも批判的宗教史というものでもない。『アルマゲドン』『アバター』など地球滅亡の背景には黙示録があることはわかりやすいが、宗教哲学全般に遡及するというよりも、映画の具体的なシーンの聖書的意味をたんねんに解説している。本書の魅力は、そのひとつひとつの細部であろう。

アメリカらしく素朴な信心と商業主義がクロスしているわけだが、やはり全体として、宗教コンテンツをストレートに映画に表現できるのはやはりアメリカというべきか。映画産業もしかり、そして本書がそんざいしうるという点もそうであろう。

つまり政教分離、宗教の自由とは、アメリカにおいては信仰が政治から自由であり、ヨーロッパにおいては政治が宗教から自由である。だからヨーロッパ、とくにフランスにような世俗社会と宗教のあいだの厳しい葛藤をへているところでは、ハリウッド映画のような率直さはとても想像できない。

なにしろ洪水をテーマとする映画は、ほとんど不可避的にノアの洪水をなぞるのだから、アメリカ人は信心深いというより、聖書はある意味でメタストーリーのアーカイブなのであろう。人間がおこしそうな物語は、ほとんどすべて聖書のなかにその原型がある、とまでいえそうである。そうすると逆に、現世はかの古いテキストの無限のバリエーションである、あるいは人間はいわば預言の自己実現をなしているのか、そのような構図まで感じてしまう。

いっぽうで、ヨーロッパでは教会建築が建築的沈思の対象になりうるのだが、アメリカでは教会建築が、建築論を刺激するほどの題材にはならないか、あるいはごく一般的な聖性の根源として考えられる程度であることと、聖書と映画のすりよりとは、なんらかの関連があるのだろうか。

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2018.02.04

『磯崎新と藤森照信の「にわ」建築談義』

ずいぶんまえにいただいたのですが(ありがとうございます)、めまいの症状が続いていたので、そのあたりに置いたまま忘れていた。めまいがして病院で薬を処方してもらったりもした状況であった。

再録された論文にあるように、磯崎さんの「庭=海」論が全体の背骨である。海は、いわばコスモロジーであり、宇宙、世界、彼岸などをあらわす概念である。その基本をあくまでつらぬく磯崎さんは、やはり大陸的発想の人なのだろうと思われる。いっぽう藤森さんは、言葉としては彼岸的なものに重心を置いているように感じられる。どちらも庭の根本的意味を探究している。

磯崎さんと藤森さんは、作風こそ違えど、異形を処理し、手なづけるのだが、細部の操作というよりも新しい観念の開発によりそうしているようなところがある。ものだけにこだわるのではない。

こういう自然との関係のとりかたを、たとえばヴォリンガーならどう形容するのだろう。人間と自然は、まったく敵対的というわけでもないし、和辻がいうほどかんぜんに親和的というのでもない。人間と自然は、ある特殊な対話をするのであろうし、それが儀礼、儀式となり、ひとつの虚構、ひとつの「つくりもの」とふたりがよぶものとなる。それはヴォリンガー的類型を逸脱するのかもしれない。観念を自然へと投影し、リアルな自然と、フィクショナルな自然の二重構造をつくるのである。

あるいは20世紀初頭の神社建築論にひきよせれば、神社の神聖さは、建物そのものよりも、その背景の、その周囲の、森などに由来するという近代的観念ができた。それは先人たちが近代初頭になした観念論的虚構でもあった。その文脈では、ふたりの合意点、すなわち建築はベタな人為であり世俗であり、庭はメタ自然であり神がかったものであるという共通認識は、まさに近代的な発想とはいえるであろう。

ただそれにしても「にわ」とその類概念「つくりもの」「なまもの」などをそろえて建築を相対化して論じる磯崎さんと藤森さんは、いわば建築の「外部」をたくみに用意している(していた)と指摘できそうである。それは方法論的にも、戦略的にも。そしてふたりの対話は、それこそ建築業界的な世界と、個人的生き様の世界とが、たがいに浸透しあう領域のなかで、つむがれてゆく。味わい深い。

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2018.01.19

学としての建築

昨日、日本建築学会の建築雑誌編集部ご一行様が研究室にこられた。「留学」について意見交換をした。同僚たちと取り組んでいる「環境設計グローバル・ハブ」を宣伝していいということなので、準備もした。「留学」はグローバル化時代の重要項目なのであるが、関連する事項も多く、ミーティング、懇親会、二次会になっても議論はおわらない。

そういうなかで「学としての建築」が甦る。ぼくが大昔、修士論文で建築アカデミーを論じたとき、建築をひとつの学問体系、教育体系としてとらえなければならないと主張したことによる。とはいえこのときは、西洋の17世紀と18世紀の、古典的な時代についてであった。

「留学」について語るとき、それは19世紀から今日の21世紀までとなる。すると建築の「学」というものは、設計事務所、アトリエ、専門学校、大学、大学院という場で展開されるものになる。すると留学は、アメリカかヨーロッパかアジアかという行き先だけでなく、どの学がどの制度で展開されるどの場なのか、ということを考えねばならない。留学は、教育、職能、資格制度、思想文化などとふかくかかわり、建築の体系を成長させるための揺籃のようなものである。そして21世紀にはそれ特有の留学のあるべき姿があるのであろう。なるほど、日本建築学会からの重要な問題提起ということで、納得である。

そのうち「建築雑誌」の特集になって公表されるそうである。楽しみである。

そういうわけで、ここでは雑談的な余録をのこしておく。ぼくが個人的に尊敬する留学は、まずゼンパーのパリ留学(1830年ころ)とロンドン亡命(1850年ころ、かつては留学=亡命であった)である。マリオ・カルポ『アルファベットそしてアルゴリズム』の面白さを若い先生方と共有できたのでうれしかったのだが、ゼンパーはベタな折衷主義者ではなく、まさにアルゴリズム構築者なのであり、つねに移動しつつ、移動したからこそ、特定のコミュニティ内部に自足しない普遍的な理論を構築できたのであろう。

岡本太郎のパリ留学(1930年代)もまた、真似できないなにかである。20世紀の核心、当時の前衛思想をとらえているような留学である。のちの東京計画や丹下健三との関係もあるが、モースの贈与論やバタイユ思想を参考にした論考は、やがて沖縄論や東北論となって結実する。これを含まない20世紀論は貧相なものとなるであろう。パリ留学者として後輩にあたる(などという身勝手な自己評価)ぼく自身にとってもまだまだこれから消化すべきものを含んでいる重要課題でありつづける。

ぼく自身は1980年代中盤にしばらくパリにいた。立派な建築家になろうとおもえばアメリカに留学すべきであった当時、パリを選ぶのは伊達粋狂であった。シャンソンも映画もそこでは終わっていた。そのパリで、国家を背負う使命感もなく、革命をもちかえろうという正義感もなく、亡命というほどの大仰さもなく、当時の流行であったモラトリアムであった。仕事もせず、奨学金ですくなくとも8年間は生存させてもらっていたぼくの20歳代。それは真空であった。その真空のなかで、パリを経験させてもらったことは僥倖であった。それは謙虚に感謝しなければならないもののようだ。

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