2016.08.13

朝から暑い

今日も36°だそうである。にもかかわらず、うちにいるときはエアコンをつけず、扇風機+ミネラルウォーターですごす。休日などは、5リットルくらい飲むかな。

若いころ、ルクソールあたりにいくために、タクシーをチャーターした。車にエアコンはないにもかかわらず、外気は灼熱地獄なので、窓を閉め切っている。タクシーから半径100メートルのそとは蜃気楼という神秘のなかをひたはしる。幻想的な光景であった。

アジャンタでは、水筒の水がお湯になってしまっていて、とほほであった。

4月のカルカッタでは、朝7時見学スタートなのに、10時頃には暑くて暑くてへろへろになり、ほうほうのていで宿にもどる。門番とは「暑いね」「ああ」と最上級のなげやりである。お湯のような水シャワーをあび、ベッドのうえで放心する。天井ファンからの暴風のような風が気持ちよかった。

録画していたル・コルビュジエのカバノンも、こういうときにみれば、雰囲気がでる。地中海沿岸の避暑地も、庶民的なところもあって、なかなかよかったことを思い出す。もういちどドライブすることなどあるのだろうか。

もっと暑くなったらエアコンつけよう。

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2016.07.28

頴原澄子『原爆ドーム』

頴原先生から送っていただいたので、昨日読んでみました。ありがとうございます。

いわゆる原爆ドームの、物産陳列館時代から今日までの歴史である。あるひとつの建物が、被爆し、用途もかわり、内外の政治状況の変化に翻弄されながら、文化財、そしてモニュメントとしての意味づけや位置づけもかわってゆく、そういう話である。ある建物の数奇な運命である。たしかにラスキンのいうように、建物には歴史が刻み込まれる。しかしこれほど過剰に上書きされながら、ほとんどエポキシ樹脂構造状態になりながら、人間でいえばいくつもチューブを差し込まれた状態でありながら、それでも生命をつないでいくことは、それ自体の存続というより、原爆投下はじめもろもろの介入やなされたこと総体を保存してゆく、そのなかには病歴も治療歴も手術歴もふくまれる、そのような近現代史の総体であることに意義があるからである。

建築の価値を、事前の価値、事後的に付加されてゆく価値とわけると、価値を価値として判断してゆくという行為自体が、追記されてゆく価値そのものに転化してしまう、そのような、いわば再帰的価値体系として近代における建築保存はある。著者はそのことに方法論的な自覚があると思われる。

これは有名な歴史の叢書だから、書き方はかなり抑制されている。そのなかで、前史、原爆投下、丹下らのプロジェクト、戦後の「平和」概念、文化財化、世界遺産化などが論じられる。ならべかただけをみると、ベタに読んでしまえば、くわしく調べましたね論文にみえてしまうかもしれないが、けっしてそうではない。著者のヴィジョンはごくごく控え目に書かれているし、通常の読者はほとんど気がつかないであろう。あとがきで「ゆらぎ」とカギ括弧でくくているように、建物の意味はどんどん変更されてゆく。ちょうど列島がいくつもの大陸プレートの上にのり、そのことでいつもゆらくように、ひとつの建物がのっている、いわゆる背景、基礎、基盤はいくつもあり、それぞれ動くのである。

その最たるものが「平和」である。本書で書かれているように、市民による内在的・自発的な平和理想、対アメリカ的方便としての平和、戦没者慰霊でも戦争犯罪告発でもないかたちのモニュメントをむかわせる方向としての「平和」、国策的な原子力の「平和」利用など、清濁あわせのむ平和理念があったわけだが、この徹底的に政治的でありながらそれでも無垢なる側面を失わないこの平和概念のように、原爆ドームはあったわけである。そして著者は、この「原爆ドーム」という呼称さえも相対化し、分析している。卓見である。

そしてこれは原爆ドーム特殊論かというと、そうではない。普遍論でもある。モニュメントは凍っていない。それは動きゆらぐのである。たとえば今に残る中世の大聖堂。それらは中世そのものとして残されているのではない。19世紀の修復理念と修復工事の結果であり、そこに見ているのは、中世というより(だけでなく)19世紀的保存を見ているのである。紆余曲折はあったとはいえ、建築物保存の2世紀をとおして、古建築を見学するとは、すでに建設時代とともに保存時代という二重三重の歴史を見学しているのである。

著者は留学時代に中世修道院をみて霊感を受けたそうである。その論考は廃墟論などというかたちですでに書かれている。おそらくそのとき、現前の古建築をとおして、その向こう側に、ある世界を透視し俯瞰されていたのであろう。おそらく、本質は著者のビジョンのなかにあり、著者がつむぐディテールとしての逸話の群は、多重なる襞のようなものであろう。ただ襞が読みごたえのある襞であるのは著者のビジョンのおかげでもある。作家論をパーツとするこれまでの建築史を「事前的建築史」とすれば、意味の変遷や受容の流れを描こうとする本書は、「事後的建築史」であろう。そのように解釈すれば、これからの建築史叙述の方向性を示しているともいえる。そしてモニュメント中心の建築史はあいかわらず意義深い。モニュメント(性)そのものの意味を問うことにおいて、そうなのである。

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2016.06.25

『クリマデザイン』

これも同僚の先生からいただいた。ありがとうございます。

気候のデザイン、環境文化という観点から、環境を指標とした建築設計についての紹介であり、おもしろい。学会では環境工学分野が、温熱環境などを指標とした建築設計にとりくんでおり成果を上げていることを横目ぐらいでは見ていたので、興味をもって読んだ。

ぼくはもちろん素人なのであるが、建築史研究の一環として、近代住宅の成立などを勉強してすぐわかることだが、近代初頭では「快適 comfort」という一言で、建築環境全般、建築設備全般、すなわち給排水、温水供給、採光、通風などもろもろ一式を意味するようになっていた。この状況から、紆余曲折をへて現代にいたっているわけで、その途中にレイナー・バンハムのオフィス空間を念頭においた人工環境論、70年代のエコロジー論、省エネルギー論、・・・などはやがて歴史的に整理すべきことなのであろう。もちろん100年前は、科学的にはプリミティブであり、コレラ、結核という目前の危機に対応していたが、今は地球環境全般なのであって・・・という状況の変化も大きい。

そういう意識で散漫にみていると、これだから素人はと怒られそうだが、つい見入ってしまうのが、世界気象区分、「世界各都市の気候図」、「日本各都市の気候図」、「快適チャート」、などである。つまり人間は(自分は)いかなる世界のどこに、どのように位置づけられているのだろうか、という意識にあるていど答えているからである。3類型しかない風土論の短絡性ではなく、環境文化の枠組みというのが、「世界のなかの自分の位置づけ」などというけっこう哲学的で本質的なものとかかわっているのだなあ、ということに気づく。このような意識をベースにして、設計教育もなされるべきであろう。

だから建築レベルのディテールのはなしとなると、教えてもらっているようなことでも予想できそうなもので、とくに驚くというものはすくない。とはいえ留学時代、どうってことのない建物でも、ラジエーターはしゃれていて、なぜしゃれていたかというと、建築にすんなり収まっている感じがするからである。設計にとっては「機械設備のインテリア化」という永遠の課題である。

あとはディートリヒの《バウビオロギーの基本概念》の中心に描かれているのが、ダヴィンチ描くウィトルウィウス的身体なのは、古典と近代科学技術を架橋するうまい絵というべきか。快適、環境調整装置としての建築。それは用、強、美のトライアングルのどこに位置づけられるか、それは第四項目ではなく、3点により決められた平面上の、別の場所に設定できそうだ・・・などと愚考はつづく。

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