2016.12.05

マルグレイブ『近代建築理論全史』

丸善出版の企画・編集部よりおくっていただきました。ありがとうございます。

これは有名なWEB建築サイトで書評を書くことになったので、送られてきたものである。だから、いずれくわしく書くので、ここであれこれ論考するわけにもいかない。

そこで建築「理論」についてだけ、考えていることを書く。一般的に建築史研究者が理論を分析するとき、よくあるのが、理論と作品がどのくらい一致するかどうかを調べることである。言行一致を計測するためか、物理学のように理論値と実測値のずれにより理論の妥当性を計測するためであるかのようである。ぼくは、これは端的にナンセンスだと思う。建築の場合、理論はそんなもののためにあるのではない。

すなわち実際に仕事をやってみればわかるが、建築は妥協の芸術であり、ピュアではなく雑音が多い。極論すれば、建築は矛盾をかかえ、のたうちまわるようにして制作されたものほど、じつは建築として迫力があり、それこそ建築のように思えるといった、パラドクスさえある。ましてや多産な建築家なら、思想家が思想を貫徹させるような、一貫した理論をもつことは、きわめて希である。では、それはどういうことか。

つまり建築にとって、理論も、作品である。作品のひとつの形態である。理論と作品は、矛盾する傾向があるばかりではなく、作品とは連動しながらも、べつの、独立した次元を形成することにこそ、理論の意味がある。建築家が、他者の介入により、作品を設計してゆく場合、その支配率は、50%、60%、30%であったりする。ではときに99%に純度を上げてみたいとき、現実の建設材料をつかわない、言語による理論を作品として制作するのである。言葉の建築、である。

つまり作品から乖離しているからこそ、理論には存在意義がある。

であれば、本書のような、建築理論が書かれていった歴史を、回顧し、俯瞰し、ひとつの歴史観においてまとめようとするのも、べつの次元のひとつの理論であろう。いや、そういう理論であるべきだ、あるはずだ、ということをいいたい。すなわちその次元においても、理論、あるいは思想性はあるかないか、あるとすればどうか、である。

ぼく自身の歴史観からすると、建築史、とくに西洋建築史は、建築書が書かれていった歴史であるとどうじに、それらが読まれていった歴史である。ときに建築書のまさに歴史的意義は、いかに読まれたか、いかに事後的に意味が付加されていったかによることも大きい。そういう意味で、本書をひとつの事例として読んでみることは面白そうである。

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2016.12.04

石榑督和『戦後東京と闇市』

石榑督和さんからいただきました。ありがとうございます。

闇市というと、焼跡闇市派といわれた野坂昭如『火垂の墓』とか、あるいはひとまわりか、ふたまわりの世代にとってはノスタルジーの対象であったりする、ぼくはそこまでなれないなあというような、微妙な対象である。個人的には、そういえば学生時代、新宿丸井でジャケット買ったなあとか、池袋のセゾンミュージアムにときどきいったなあとか、渋谷はサラリーマンや学生にとっての安酒街だったなあとか、渋谷のジーニアスがいちばんよかったとか、そのていどの記憶である。それも歴史の一部になりつつあることが、巻末の年表には示されている。

都市を分析するためには、著者のように都市組織とは、あるいは都市構造というように、いちど抽象化しないといけない。指標によって見え方が違うからである。さらに都市のそれぞれの場所性は、そこに固有の経緯もあるのだが、やはり全体の構造があり、それが各要素の相互関係を規定している。たとえば昔のヨーロッパの都市には、場末があるが、それは都市の内外で税法がちがうからである。

東京でいえば、鉄道網がすでにこういう構造を提供していた。その構造のなかで特有の「場」ができる。それが非合法商業組織も、合法零細商業組織も、大資本も呼び寄せる。なにを吸引するかは、餓死者がでるような配給制の状況と、消費社会が回復した状況では、まったく違ってくるのは道理である。だから闇市が盛り場になるのは、たとえ経営者が同じであったも、前者が後者にロジカルに変容するのではない。同じ構造+違う状況が、その場になにをもたらすかが決まってくるのであろう。

都市の現象は、遠望としては自然発生的とされるものでも、近くでみればすべて人工的である。その人工性、さまざまな形態の組織化を、本書は具体的に、淡々と示す。建築史家としては、こういうデータ配列で世界がちがうふうに見せるのは好きである。

ぼくの上の世代は、戦後的カオスのなかから「理念」を抽出しようとしていた。管理社会の外部にでること、一種の自律的ユートピアであろうとしたこと、住むことの原点をそこに再発見しようとすること、である。本書はそうした理想化にはしるのではなく、データにより語らしめるという方法論である。そこから闇市の立役者はだれであったかという社会の構造が読めるであろうし、個人的な生き方から、組織化の方法論まで、興味の範囲はひろがるであろう。網野善彦のような社会のマージンに注目する視点を復活させるであろうし、世界都市にはかならずある非合法すれすれの街とその組織、など普遍的問題を考える手がかりにもなるであろう。それから地方都市のほうが、まだまだ、いわゆる終戦直後の混乱の痕跡が、わけあり地区としてあるのだが。

本書は、著者にとってはあくまで基礎作業であると考えられる。このプラットフォームのうえに、具体的な指標ごとの、おもしろい各論が提供されることが予想、期待される。

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2016.11.28

Katsuhiro MIYAMOTO & Associates

宮本佳明さんからおくっていただきました。ありがとうございます。

全編英語なので、邦題はよくわからないが、90年代から現在までをふくんでいる。最初期の愛田荘、阪神大震災関連のプロジェクト、全壊ハウスなどからはじまり、個人住宅、お寺、商業建築などをへて、最近のホール建築まで幅は広く、多様である。包括的な作品集である。

気がつくのは、敷地などが好条件ではないものが多いことである。住宅地の不整形な敷地、しかも神戸、宝塚などの土地柄を反映して、傾斜地が多い。これは建築家というより施主がもたらすものであるから、とくに宮本さんの建築の本質とはいえない。しかしこのように蓄積すると、本質的なものに転化しそうである。そういえば愛田荘も、平地にわざわざスロープをもたらしていた。Grappa, Clover House(2006)なども、かつての都市住宅派的なものの成熟といえようか、敷地との葛藤のはてに、3枚の支持壁、カーブする壁体などと独特のコンセプトがもたらされている。

そのなかでもChusjin寺など、RC大屋根シリーズがはじまり、はじめは瓦の屋根となじむものであったが、ほかの作品では、複合的、総合的なものへと発展している。

あらゆる建築は、個別なものと普遍的なものの葛藤から生まれると思われる。とくに宮本さんの場合は、建築計画の研究室のご出身でありながら、普遍的なものからではなく、個別のものから出発するタイプの建築家であると思う。しかしすべて個別というのではなく、個々の条件のなかから、普遍的なものが探究されている。作品集として件数が多くなってはじめて、それらが見えてくるような気がする。

最近はお目にかかっていないが、昔は会う機会があった。ぼくは大学に奉職したばかりであり、それまで経験のなかった、設計演習の指導もはじめた。そのとき、非常勤の先生の教えぶりなどを必死で学んだものである。坂茂にインタビューする別件仕事もあったので、その機会に、クーパーユニオンの教育法を教えてもらった。宮本さんの話も、そういう必要性もあって、けっこう真面目にきいていたものである。登山と、骨折の話とか、都市はほとんどは規則的なものの集積だが、その普遍性、規則性が成立するためには、かならずあそび、約物、特殊解的なものが必要だ、そういう意味でのノイズがいる、などといった発想である。自分自身の作品は、ひとつ約物である。しかしそれが全体を規則正しくする。不規則性が規則性を保証するという、ひとつの世界観である。そういう発想をキャリアのはじめから方法論化されていたわけである。

個別なもののなかに、概念をみつけ、それを普遍化してゆく。普遍的な方法論であり、じつは建築史もそういうものだ、ともいえる。

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